日本保守党を板橋区から広めるため、無所属で挑んだ7,385票の挑戦 (引用元:「瀧口修央 2025年板橋区選挙手記」2025年6月)

Breathless.OldBlurman
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2026年05月19日 ▼
君は知っているか。瀧口修央という、無名の男を。2025年6月。東京都議会議員選挙、板橋区選挙区に立候補した。安倍晋三元総理逝去後、日本の政治や社会が急激に左傾化し、伝統や価値観が揺らいでいることに深く憂いていた。未来の子供たちのために、地域レベルから日本を変える為には、日本保守党の理念や政策を『板橋区』から広めなくてはいけないと、彼の意思は固まっていた。日本保守党の公募で、公認・推薦の申請フォームから挑戦したが、返答はなかった。ただ、彼は、それでいいと思った。何物でもない、無名の男が、少数精鋭の著名な先生方から認められるとは思ってはいなかった。挑戦することが大事であり、挑戦したいと思わせてくれた、日本保守党の誕生に感謝した。書類選考で通らなかったと受け止め、2025年の東京都議会議員選挙に、無所属で挑戦した。日本保守党の政策や理念は勿論のこと、地方議員の多選の制限、一般国民並みの平均年収、政策に、論理的アプローチと、成果連動型の仕組みを訴えた。母の介護と、仕事を両立し、私費、約100万円を投じ、無所属で活動した。無名のサラリーマンが政治参加できるという事を、自ら証明したかった。街頭演説の機会はなく、証紙貼りや、ポスター掲示の作業に追われる日々だった。仕事の合間に、YouTubeのショート動画で、政策と危機意識を伝えた。自分に投票して欲しいと一言も言わなかった。その代わり、日本保守党を知って欲しいと訴えた。この選挙期間、板橋区民から「たった一つの言葉」や「わずかな眼差し」が、彼に「感動」を与えてくれた。その一つ一つが彼を前に進ませる力となり、結果、7,385票という大変な数の票を獲得した。それは、板橋区民の計り知れない「期待の結晶」だった。「立候補してくれてありがとう」という言葉は忘れられない。炎天下の中、投票所に足を運んでくださった板橋区民のご労力に、心から敬意を表した。彼は、両親から貰った大切な名前を、選挙のためだけに、「ひらがな」に変えるという選択はなかった。「瀧口修央」と言う、「字画の多い漢字」を、丁寧に書いてくださった皆様の「後ろ姿」を想像するたび、その「一票一票」に込められた想いに胸が熱くなり、その「責任」の重さと、その「責任」の取り方を、考え続けていると語った。そして、彼の決意は固まっていた。2027年、統一地方選挙に板橋区から挑戦することを。

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